世界でたった一人の大嫌いだったあの子の話
私は基本的に嫌いな人がいない。
綺麗ごとだと思う人もいると思うがマジでいない。
というより、その分苦手な人が多い。
個人的に「嫌い」と「苦手」の間には月とスッポン並みの差があるのだが、人見知り兼コミュ障の私は割と人を食わず嫌いしてろくに話したこともないのに「あの人苦手そう」と思ったりする。
ただ同時にちょろくて単純だから、その苦手な人の8割はある程度話したり優しくされたりすると苦手じゃなくなる。なんならそのうちの5割は好きになれる。
「好きの反対は無関心」とはよく言ったもので、嫌いになるほど興味を持つ人がなかなかいない。てかいない。人を嫌いになるのって体力使うし気分悪いし、できればしたくない。
そんな私のこの人生でたった一人、どうしても好きになれなかったあの子についての感情をこの機会にまとめようと思った。
先に言っておくけどあくまで「大嫌いだった」なので今は嫌いじゃないし、なんなら出会えてよかったと本気で思ってる。
ハイハイ綺麗ごとねと思った人はここでブラウザを閉じていただきたいが、暇で人の話は最後まで聞くタイプの方は下へお進みくださいな。
どの程度フィクションかは個々人で判断してくださいね。読むなら最後まで読んでくださいね。4千字くらいです。
あの子とはどの子かというと、高校時代の部活の同期のマネージャーです。たった一人の同期のマネージャー。
この関係性の人を嫌いであるのがどの程度しんどいか説明すると、職場の上司、毎日ペアワークをしないといけない隣の席の人を嫌いなのの5倍くらいしんどい。
なんなら高校の私の部活はほぼ毎日、平日も土日も、夏休みも冬休みも春休みもハロウィンもクリスマスもバレンタインも会って一緒に活動する。この三年間は家族より一緒にいる。遠征や合宿で同じ部屋に泊まる。移動するバスの隣の席に座る。とにかく一緒にいる。
どの程度しんどいかお分かりいただけただろうか。マジでしんどい。
あの子と出会ったのは入学してすぐの仮入部期間でした。
私は高校に入ったらその部活のマネージャーになるともう9割決めていた。
兄が部のOBなこともあって私のことは部の人も知っていたらしく、一つ上のマネージャーの先輩が私のクラスまで勧誘に来てくれた。
あの子と私は同じクラスで、たまたま出席番号が近くて、私を勧誘に来た先輩の話にあの子も興味を持ち、その日の放課後いっしょに部活見学に行くことになった。
正直この時からもう気が合わないと思ってた。
部活見学は散々だった。
私の予感は見事に当たりましてもうマジでほんとに苦手なタイプだった。学校の最寄りの駅まで一緒に歩く時間がとてつもなく長かった。
家に帰ってから母に泣きついた。あの子とは絶対に一緒にやっていけないと。
それから私は仮入部期間、全く部活に出向かず、かといって今更他の部活を見に行く気にもなれず。
一方あの子は毎日部活に行き、ほぼ確実にマネージャーになるようだった。
絶対に無理だと確信した女と三年間いっしょにマネージャーをやるか
なりたかった野球部のマネージャーになるのを諦めるか
仮入部期間も終わりに近づき他の部活も入部者がほぼ決まっていた。今更他を探す気力もないし、興味のある部活もない。
何より完成しつつある新入部員の輪に入っていけない。
私は絶望的な気持ちで野球部に入部した。
まあ入部したらいきなり上手くいくようになるとかそんなうまい話は勿論なくて
一緒にいるけど何も話さない時間トータル無限。先輩とばかり話す時間トータル無限。
あの子と泣きながら話し合い(という名の口喧嘩)(私は何も言い返せない)を繰り広げることトータル2回。
1回目は高1の6月。3年のマネージャーの先輩とあの子と3人で帰って駅まで来たときに先輩に話し合うことを促されそのまま駅前で泣きながら喧嘩。
約3時間立ちっぱなし。正直この時は全く話し合う気も仲良くする気もなく、とにかく早く帰りたかった。
この日は日曜日で次の日も部活があって、とにかく行きたくなかった私はその夜泣きながら寝た。泣くくらいなら言いたいこと言えばよかったのにね。
とにかくあの子が怖くて仕方なかった高1。ちなみにその後関係は改善しないまま、高3の先輩が引退する。
1個上の高2の先輩たちは大人なのか見放されてたのか、無理に私たちの関係を改善しようとはしなかった。
実際は3度ほど話し合えと言われたことはあるし、夏合宿では先輩の部屋に一人ずつ呼び出されて面談(?)をして「このままでいいの?」と言われたりもした。
でも何度やっても改善しない私たちを見て諦めたのか、しばらくそういった働きかけは無くなった。
たぶん私たちのことで一番迷惑をかけたのはこの人たち。本当に申し訳なかったと思ってる。
学年が上がり私たちは2年になり、後輩のマネージャーが入ってきた。
高2の夏、先輩たちが最後の大会に向けて頑張る中、2回目の話し合いが訪れる。
2回目は学校の校門の前。またもや長時間立ちっぱなし。
先に一人で帰ろうとしたら先輩に呼び止められて話し合うよう言われる。
最初の1時間くらいは先輩マネ二人も一緒にいてくれたけどあまりに話が進まないので先に帰られる。めっちゃ気まずい。
少し離れたところに選手の先輩たちがいるのは分かっていた。心配してくれてるのか単に話が盛り上がって残ってただけなのかは分からないけど、多分心配してくれてた。
この時も早く帰りたいという気持ちは変わらなかったけど、1年の時よりあの子がしおらしく泣くもんだからどうすればいいのか分からなくて。
後輩も入ってきたしいつまでも仲良くする気ないなんて思ってられないことも分かってた。それでもどうしても仲良くできなかった高2。
この頃には、自分がただ醜く嫉妬してるだけなんだとも分かってた。
あの子はよく気が付くし、いつも周りを見て自分から仕事を探してて、私より仕事ができた。
そのことが私はどうしても認められなくて悔しくて、私のほうが先に野球を好きになって、私のほうがずっとずっと野球部のマネージャーになりたかったのにと筋違いな憎しみを持っていた。
順番なんて関係なくて、仕事ができるほうがチームの為になるに決まってるのに。
野球部にいる存在意義があるに決まってるのに。
私の中であの子への感情が少し変わったのは結局高3になってからだと思う。
自分たちの引退が近づくと同期への感情が変わり始める。
高2の冬から高3の夏にかけて、同期の間でいくつか大きな事件があって、その話し合いで同期だけで集まることが多くなった。
そのことについてどう思うか二人で話すことも少しずつ増えた、まあ意見はあんまり合わなかったけど笑
3年のマネージャーは毎年夏の大会までにお守りを作る。あの子は手芸とか裁縫とか得意だったからグローブ型とミサンガの2個作ることになって、受験勉強もあったし時間が足りなくて部活中も二人でそれを作ったりした。
部室に二人きりだとさすがに沈黙が辛くて、少しずつ話すことが多くなって、一緒にいる時間が増えた。
正直、引退するまで私の中であの子を嫌いだという気持ちは完全に消えなかった。
たった二人のマネージャーという関係性は難しい。
自分で比べ、周りが比べ、対抗意識を持ち、劣ったほうが優れたほうを羨み憎む。
高校生なんて残酷なもんだから、どっちのほうが可愛いとか、友達多いとか、成績良いとかすぐ噂する。
私は周りが私を評価しても、あの子を評価してもどれもこれも素直に受け止められなかった。
結局他の何で勝とうが仕事ができるのはあの子のほうだと私が一番分かってたから。
私ほどひどくはなくとも、どこの部活のマネージャーもきっと一度は、一瞬は思ったことがあるんじゃないかな。
野球部のマネージャーは仲が悪いって噂もあったんだろうな。選手も思ってたんだろうな、一番近くで見てたもんな。ごめんね。
夏に引退して野球部と一緒にいる時間が短くなって会う時間が減ってからは、客観的に落ち着いてあの子と関われるようになった。
もうたった二人の同期のマネージャーじゃなくなって、自分が、周りが比べることも少なくなった。
野球部の要素が自分の中から少しずつ薄くなっていって、いっしょにあの子への憎しみも薄くなっていった。
あの子と私の関係の、私にとって唯一の解決策は「野球部じゃなくなること」だけだったのだ。
本当にたくさん色々な要素があって、正直私だけが悪いとは思えず、でもまちがいなくこんなにもこじらせた原因は私で、そのすべてのせいでこんなにも時間がかかってしまった。
自分でもここまでこじれる前にもっと早い段階で仲良くなれたんじゃないかって
そのほうがずっと楽だったし周りに迷惑もかけなかったと今では思う。
私かあの子、どちらかがマネージャーになっていなかったらと考えたことも何度もある。
野球部を辞めようと思ったことも、辞めてほしいと思ったことも。
そうしたら私たちはただのクラスメートで、きっとあんまり話すこともなくて接点もなくて、クラス替えしたらそれっきり関わらない人だった。
でも、今だから、卒業から2年経ってたまに野球部で会ったりしてる今の私だから言えることだけど。
本当にたくさんの感情を知ってたくさんの気持ちを味わって、そのすべてが今の私という人間に活きてる。
私の人格形成にめちゃめちゃ影響を及ぼしてくれた、私の価値観を広げてくれた人だった。
気も合わないし意見も合わないし好みも合わないし、お互い本当に大変だったし仕事ができて責任があったあの子はきっと私より何倍も大変な思いをした。私がさせた。
大変な時にあの子を助けられる同期でありたかった。あの子に頼られるマネージャーでありたかった。
私の変なプライドなんかどうでもよくて野球部の為にあの子と協力できる自分でありたかった。
こんなのは私の勝手な感情で、きっとあの子にとって私は割とどうでもいい部類の人間でこの先のあの子の人生に益も害も与えない。
だからこんなことをずっと考えてて今でも時々思い出してしまうのは私だけでいいし、当時私に与えられた嫌な気持ちがあるなら、忘れられるなら全部忘れさせてあげたい。
それでも私にとってはまちがいなく出会えてよかった人だった。
良くも悪くもとても特別な人だ、今でも。
私という人間の「人を嫌う」という感情は当時あの子に向けていたものが私のすべてだったようで、それ以前もそれ以降も嫌いな人間は現れていない。
彼女が私にとって世界でたった一人の特別な、大嫌いだった人間だ。
ー終ー